雪見月
暗い気分がいとも簡単に白紙に戻る、涼やかな魔法の声が言葉を紡ぐ。


勢い良く顔を上げた先に、立ち去ったはずの彼女が、苦しそうな荒い息を肩でしながら立っていた。


あなたは……さっきの。


ようやく彼女を認識した脳が、今度はめまいを感じて俺をぐらつかせる。


「っ」


大きく視界がぶれて、首を上向けるのに労力を食う。


船酔いに似た悪寒によって、気だるく不自由な体は動かしにくい。


何とか強引に言うことを聞かせて頭を固定すれば。


「はあ、はあ、…………っ、」


彼女は俯いて深呼吸を繰り返していた。


白く淡いその吐息とともに上げた瞳は力強く。


「立て、ますか」


問いかけに首を振る。方向は横。


「…難しいです……」


情けなく告げれば、すぐさま問われる次の質問。


「支えたら、立て、ますか」


自分の呼吸すらおぼつかないのに、それでも彼女は俺に手を差し伸べた。
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