となりの専務さん
私がようやく泣き止むと木崎さんは私に質問をしてきた。

「……アンタのお父さん、もしかして入院してるとか?」

「あ、いえ……前に倒れて入院していた時はありましたが、今はずいぶんよくなっています」

「倒れた……?」

「心労とかで」

「……ふぅん……」

すると木崎さんは、少しの間のあと、私から視線を外し、小さな声で……でも確かに。


「……悪かった」

と言った。


「え、あ、いえっ、こちらこそ偉そうに、しかも泣いてしまってすみません……」

「べつに」

木崎さんは、『悪かった』と言ってくれたものの、やっぱりそっけなくそう答える。


その時、木崎さんが背負っていた大きい黒いバッグについたキーホルダーがきらりと揺れるのが見えた。


「あ、『クロックス』」

ぽつりと私がそう言うと、木崎さんは驚いたような顔で私を見た。


「アンタ……クロックス知ってんのか?」

「あ、はい」

クロックスは、アメリカで活動してる六人組のオルタナティブロックバンドだ。
日本ではまだそこまで知名度は高くないけど、数年前にたまたま立ち読みした雑誌かなにかでクロックスの存在を知り、その時に少し興味がわき、楽曲をいくつか聴いてみた。

それまでロックはあまり聴いたことがなかったけど、クロックスの曲は自然と心に馴染んで、単純に、あ、好きだなって思った。


木崎さんのバッグで揺れていたのは、クロックスのロゴのキーホルダーだった。



「それ、日本じゃ売ってないですよね? アメリカで買ったんですか?」

「おお、そうなんだよ」

「あ、もしかして半年くらい前にあった結成五周年記念の特別記念ライブの限定品ですか?」

「……アンタ、マジでクロックス知ってるんだな」
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