となりの専務さん
凛くんのことを、周りの人がどう言うかはわからない。
家出なんて……って悪く言う人もいるかもしれない。

でも、私は。

さっきの凛くんの歌声が、すごく素敵だったから。
凛くんの音楽への情熱がすごく伝わってきたから。


「私は、いいと思う」

私も彼のことをまっすぐに見つめて、そう言った。

ただひとこと、そう伝えただけ。
あまりいろいろ言うより、ひとことだけの方が伝わる気がして。
でも、いざってなると伝わったかどうかわからなくて、少し不安になる。

けど、私のその言葉に対して凛くんは。


「……サンキュ」

って、笑顔でそう言ってくれて。よかった、安心した。


私も、凛くんに自分の事情を話せて、よかった。



すると凛くんは。


「……あのさ、俺……」

「え?」

「俺と、つき……」

「え?」

「……いや、やっぱまだいい」

「⁇」

「もう少し、仲良くなったら、言う」

「? うん」

なんだろ。なにを言おうとしてくれたのかな?
まぁいいか。もっと仲良くなったら教えてくれるもんね。

春とはいえ、夜は冷えるね。そう言って、私たちは「お休み」と言い合って、凛くんは階段を降り、私は自分の部屋の玄関の戸を開けた。


凛くんと話してると、専務のことでモヤモヤしちゃってた自分の心が、少し軽くなる。いい友だちができたな。ありがたいな。

その専務は、まだ帰ってこないな。
……専務とも、少しでいいからお話してから寝たいな。


なんて思ってたその時だった。


ーーカササササササササササ‼︎


部屋に、ゴキが出た。
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