となりの専務さん
と、気づいたのはいいけれど。


ーーピュゥ。

「うぅ」

春とはいえ、今日は少し肌寒くて。風も強い。
突然吹いた強い風に、私は思わず身震いする。


……歩道橋降りたところに自販機あったよね……。なにか温かいもの売ってるかな?
私はそう思い、バッグの中から財布を取り出し、財布の中身を確認する。小銭、あったかな、と。


すると、うっかり財布を落とし、小銭をばらまいてしまった。


「ひぃ!」

小銭を落としたくらいで『ひぃ!』は言いすぎかもしれないけど。でも、一円に笑う者は一円に泣くんだ。
しかも歩道橋の上だし。下に落ちたら大変だ。

うーん、街灯が明るいとはいえ、やや見えづらい。
これで全部拾えたかな……? まだどこかに落ちてるかな?


すると。

「はい」

男の人の声とともに、大きな手のひらの上に乗せられた一円が私に差し出される。


……この透き通った声は。

間違いない。


「……専務?」

私はゆっくりと顔を上げた。

どうして? いや、ここが私の帰り道ということは専務にとっての帰り道でもあるんだろうけど……まだ仕事中じゃ?


「ほら、早くしないとこの一円、もらっちゃうよ?」

「はっ! す、すみません」

いけないいけない。ついボーッとしてしまっていた。


「あ、あの……? お仕事、もう終えられたんですか?」

いつも帰ってくる時間より、随分早い気がする。
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