となりの専務さん
なにも知らないでいるより、知っていた方が間違いなくいい。
知らなきゃ、専務とも話し合えない。
……専務は、このことを知っているのだろうか。


「……じゃあ、私はそろそろ」

お茶を飲み終えると、葉津季さんはそう言って立ち上がった。


「え? もう? あ、よかったら夕飯食べていきませんか?」

「ありがとうございます。でも悪いし。雨も降ってるし帰ります」

葉津季さんは、「またゆっくりお話しましょう」と言ってくれた。


駅まで葉津季さんを送り、アパートに戻り、夕飯を作った。


……だけど、なにをしててもさっきの葉津季さんの言葉が頭をぐるぐると回る。


『涼ちゃん、役職を外されるかもしれない』


社長なら、本当にやりかねない。
役職を外れるってことは、仕事……しづらくなるよね。
専務がこれからやろうとしている仕事が、できなくなるんだと思う。

私と……




私と別れれば、専務には迷惑かからなくなる……。





そんなことを考えていたら、玄関の戸が開いた。

「ただいま」

専務が帰ってきた。
最近は、自分の部屋じゃなくてまず私の部屋に来てくれることが多い。


「お、お帰りなさい。私もちょうど今から夕飯なんです。いっしょに食べましょう」

「うん。お腹すいた」

私がお皿を二枚用意したりしていると、専務がご飯をよそってくれる。

コップの場所も、お箸の場所も、全部当たり前に覚えてくれた。

そんなささいなことが、とても幸せで。

だって、専務が私の彼氏なんだって、実感できるから。
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