となりの専務さん
「下りのロープウェイの最終便、何分後だっけ?」

「えと、確か十五分後です」

「そうか。じゃああんまり時間ないけど、それまでその辺歩きに行こうよ」

はい、と答えて、私は専務が差し出してくれた右手を握る。


ロープウェイを降りた先には、ちょっとした展望台とか、アイスクリームを売ってる場所などがある。時間が遅いから、アイスクリームのお店はもう閉まってたけど。

展望台も、大きな場所じゃなくて、ロープウェイを降りた先の一番高い場所に、簡単な木の柵と小さな望遠鏡が備えつけられてるだけだけど。

それでも、そこから見える夜景はやっぱりキレイだった。

なにより、星空が。
山の高い場所から見る星空は、手を伸ばせば星に届きそうな気がした。


好きな人と、キレイな景色を見て、手をつないで、胸がいっぱいになる。

このまま時間が止まればいいのに、なんて、またしてもベタなことを思ってしまって。


でも、本当に。


なにもかも忘れて、ずっとふたりでこうしていられたら、どれだけ幸せだろうーー……。



そんなことを考えていたら、不意に専務が口を開いた。


「……ねぇ」

「はい?」

「……


このまま駆け落ちでもしちゃう?」

「え?」

私が目を見開いて、言葉に詰まると。


「……なんてね」

専務はそう言って、私から目を逸らした。


……冗談?
そんな冗談、やめてほしい。

……本気にしてしまう。


けど、専務はふざけた冗談を言う人でもないと思う。


…….専務も、少し本気だったかもしれない。
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