となりの専務さん
専務が私に無言で振り向く。

いつの間にかバス停に着いていた。私たちのほかに、数名が待合所のベンチに座っていた。家族連れと、たぶん恋人かな? みんな、それぞれ幸せそうな人たちで。

……私たちとは、ちがう。


「そんなこと思ってないって、なに?」

専務に聞かれ、私は答える。


「専務は、あの会社で働きたいんでしょう? 社長とオリが合わないというのは本当なのでしょうが、お母さんやお姉さんの気持ちや思いを大事にしていけるのは、あの会社だけです」

「……」

「私のことより、専務自身の気持ちを大事にしてほしいんです」

「……お前が俺の気持ちを決めつけるな!」

専務が声を荒げた。
周りの人たちも、一瞬だけ私たちの方を振り返った。
専務の怒鳴り声を聞いたのは初めてだった。
お前、なんて初めて言われた。
辛い。

でも、一方的に別れ話を切り出してる私が辛いなんて思っちゃいけない。


そうこうしてると、バスが到着してしまった。

最初に家族連れの人たちが、続いて恋人同士と思われるふたりが乗り込む。


「……続きはアパートに戻ってから」

専務はそれだけ言うと、バスに乗り込み、それきり私の方を見なかった。

バスはほぼ満席状態で、私と専務は気まずいながらもとなり同士に座る。


……思えば私は、デートの時だけじゃなく、アパートの自分の部屋にひとりでいても、常に専務がとなりにいた。

普通の恋人同士より、“となり同士”にいる時間がきっとずっと長かった。


でも、今は。

同じ“となり同士”でも、専務との距離が、果てしなく長く感じるーー……。


そして、


その距離の溝が埋まることはもう二度とないだろうとも。
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