となりの専務さん
「だから、許嫁。あ、婚約者って言った方が伝わるのかな? いや、正式に婚約はしてないけど。
あ、別にいっしょに住んでるってわけじゃないよ。ただ、俺が家にいると、父親が婚約者の子を家に呼んじゃうから。
その子にはやさしく接しないと、また父親にめんどくさいことネチネチ言われる。
まあその子とは普通に仲いいから、基本的に普段通り接すればいいんだけど」

「は、はあ」


……なんだか、異次元にいるかのような内容の話だ。
婚約者なんて、漫画やドラマの世界だけのように感じていた。もちろん、実際にそういうことがあるのもわかってたけど、こんな身近でそういう話を聞くと驚いてしまう。


でも、私がそう言うと、専務は。

「え、俺の周りの人たちにはみんな結構いるよ、婚約者」

……らしい。
周りの人、というのが親戚の方なのか友人の方なのかはわからないけど、どちらにせよ、響さんはそういう世界で育ってきたんだろうな……。
やっぱり、私とは住む世界が違うっていうか……。


「もしかして、ご実家にはメイドさんやセバスチャンとかもいるんじゃ……?」

さすがにそこまではいないかな、と思いながらそう言うと。

「メイドさんというか、使用人の女性ならいるけど」

「そ、それ、メイドさんって言うじゃないですか?」

「あ、そう? メイドさんっていうと、フリルのエプロン着た若い女、ってイメージ。一時期秋葉原を拠点として結構流行った感じの。
うちの実家にいるのは、ごく普通のエプロンを着用したおばあさんだったから。
子どもの頃からたくさん世話してもらってた方で、大好きな方なんだけどね」

「そ、そうなんですね……。
でも、家を出てきたりなんかしたら、そのメイ……使用人さん、も、驚くんじゃないですか?」

私の質問に対して、専務はクールに返す。

「べつに、突発的に家出してきたわけじゃないし。
父にも使用人の方にも、きちんと伝えてきたよ。父が嫌いだから家を出ますって」

「え、えええ⁉︎ そんなこと言ったんですか⁉︎」

「うん。なにか変なこと言ったかな?」

「そ、そんな真面目に聞かれても……!
そ、それを聞いて社長はなんて……?」

「好きにしろって。べつに家を出たくらいでいろいろ言われる年でもないしね」

「い、いえそういうことでは……」

「……今家を出ても、いつかは戻ってきて俺が会社を継ぐって思ってるんだよ。だから、婚約者の件も今だけ保留してくれてる。ほら、今は婚約者の子をほったらかしにしてるわけだから」

「え、えと……」

話を聞けば聞くほど、現実味がわかなくて。
少なくとも、長年どちらかというと貧乏な生活をしていた上に、今現在は実家に借金のある私からしたら、なにもかも遠い現実だ。
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