となりの専務さん
……でも、『専務のせいで辞める社員が多い』というウワサや、月野さんが言っていた『女性社員に手を出す』といった話の真偽については……確かめられなかった。
私が見る限り、専務は無自覚ながらも少々Sっ気はあるようだけど、それはあくまで無自覚で、悪意のあるものじゃない。
たとえそれを悪意だと勘違いしてしまったとしても、それが原因で仕事を辞める人が続出するほどのものとは思えなかった。


……なにか、ほかに理由があるんだろう。

ここで真偽を確かめたら、それはウワサに翻弄されてるみたいで、専務に失礼な気がした。
私自身は、専務をそんな人とは思えなかったので、ウワサについてはとりあえずはなにも聞かず、しばらく置いておこうと思った。


「……とりあえず、聞きたいこととかはもう大丈夫です」

なので、そう答えると。


「そうか。じゃあまあ、明日もあるし、むしろ明日から本格的に仕事も忙しくなるだろうし、明日に備えて早く寝なさい」

そう言われ、私も「はい」と答えて立ち上がった。専務もいっしょに立ち上がってくれる。


「あれ、玄関から帰るの? 壁から帰れば?」

「だ、だから壁からは行き来しませんよ」

「気をつけて帰ってね。となりだけど」

「ありがとうございます。となりなのでさすがに大丈夫です」

そう答え、私は専務に背を向けさせていただき、靴を履く。すぐとなりに住んでるけど……今日は元々は謝罪のつもりで来たから、サンダルじゃなくてパンプスを履いてきた。


……その時。



「……君が俺と結婚してくれれば、少々強引だけど俺は父の縛りから開放される気がする」

え?と振り向いた瞬間、専務の右腕が玄関の戸に触れた。私は専務と戸の間に挟まれてしまった。
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