となりの専務さん
自慢じゃないけど、私は恋愛経験がほとんどなく、男性とこんなに顔を近づけるなんて、今までの人生でほとんどなかった。


実は私は、大学一年生の時、ほんの少しだけ大樹くんと付き合っていた期間があった。
大樹くんが私にとっての初めての彼氏で、大樹くんと別れた後は、誰とも付き合っていない。


といっても、入社式の時に彼に対して言った、『大樹くんとは大学でほとんど話したことはなかった』というのも、またほんとのことで。

大樹くんとの出会いは、大学の友だちの紹介だったのだけれど、出会って二、三日経った日の夜、大樹くんはLINEで突然、『とりあえず付き合ってみよう』というメッセージを送ってきたのだった。


とりあえず付き合う? とりあえず友だちじゃなくて?
そう思ったりもしたけど、友だちから『それもいいじゃん!』と言われたのもあり、私と大樹くんは『友だち』という過程を吹っ飛ばし、『とりあえず彼氏彼女』になったのだった。


でも、自由奔放でマイペースな大樹くんに、私は彼女としてはどうにもついていけず、キスもしないまま一ヶ月で別れを告げた。手は繋いだけど、恋人らしいことをしたのはそれだけ。


付き合ってた期間が短かったのもあり、大樹くんも私の別れをあっさり了承してくれたので決して気まずい別れ方をしたわけじゃなかったけど、元々接点のなかった私たちは、別れてからは会うこともめっきりなくなり、大学四年生の秋、会社の内定式で偶然の再会を果たした、というわけだった。

だから実は、大樹くんとまさか同じ会社、しかも同じ部署に配属されるとは、なかなかの驚きだった。大樹くんはマイペースだからそんなに驚いてなさそうだったけど。



そんなわけで、私の恋愛偏差値は相当低い。
大樹くんと別れてからも友だちはほかの男の子を紹介しようとしてくれたけど、私はそれをすべて断っていた。
大樹くんと付き合っていた頃、マイペースに加えてアクティブで天然な彼とのデートは私にはほんとにハードなもので(自転車で四十キロのサイクリングをさせられたり、”出る”とウワサされる都内の廃墟の探検に真夜中に付き合わされたり、ギネス級のクワガタを探しにいきたいからと怪しい森の中につれていかれて軽く遭難しかけたり)、とても一ヶ月とは思えないほどの思い出(すべて嫌な思い出)を刻み込まれた私は、恋愛に対する体力をすっかり使い果たしてしまい、新しい恋愛をする気がなくなっていたのだった。


今はそんな思い出も薄れ、借金さえなければ今度こそ素敵な恋愛がしたいとは思ってるけど……。



とにかく、そんなわけで、普通の女の子ならこんな状況もうまく流せるのかもわからないけど、少なくとも私はこの状況に、あわあわとパニックに陥るしかない。
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