となりの専務さん
「話の腰を折ってしまってすみません。お母さんは、お姉さんにどんな話をしたんですか?」

話の続きが気になって、専務にそう聞くと。


「メイクしてみようか、って。ただそれだけ」

「メイク、ですか……?」

なんだろう。どういう意味だろう。諭すような、深い話をしたのかと思った。


「うちは父親が化粧品会社の社長だからね。化粧品は手元にたくさんあったよ。
でも、姉がそれに手をつけたことはそれまで一度もなかった。たぶん、自分に自信がなくて、メイクしたところでなにも変わらないと思ってたんだろうね。肌も弱かったから、化粧品とか使いたくなかったっていうのもあったと思う」

「はい」

「でも、母が姉をなんとか説得して。一度でいいからって、母が姉をメイクしたんだ。……この鏡台で」

懐かしそうな、でもやさしい瞳で鏡台を見つめ、そしてそれをそっと撫でながら、専務は言った。


「そうなんですね……。メイクをして、お姉さんはどうでしたか……?」

私がそう聞くと、専務は一層やさしい表情になり。


「今でもはっきり覚えてる。とてもキレイだったよ」

と、答えた……。
< 71 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop