となりの専務さん
「……なんかちょっと意外です」

私はぽそっとつぶやくように言った。

「専務がそんなに真剣にお掃除に取り組むなんて」

あ、ちょっと失礼な言い方だったかな? と思いながら専務の方に目を向けると、専務は。


「こういうこと今までほとんどやったことないから、むしろすごい楽しいけど」

と、とくに気にする様子もなくそう答えてくれた。
無表情でそう言われたので本当に楽しんでるのかいまいちわからないけど、本人がそう言っているのだから、楽しいんでしょう。

……ただ、さっきからまったく私の方なんて振り返ることなく真剣に掃除されていらっしゃるので、ちょっと寂しいです。



……もやし炒めといい、アパートの清掃といい、専務は今までの人生で自分があまりかかわらなかったものについて、たまに妙な感動を覚えることがあるみたいだ。
金銭感覚も含め、やっぱりどこか一般の人とはズレてるところがあるというか……。

でも、それは人に迷惑をかけてることじゃないし、むしろ大家さんは。

「響さん、去年は響さんのおかげでとってもキレイになりました。今年もよろしくお願いします」

……と言っている。
専務、去年の清掃活動もがんばったんですね……。



「そういえば、専務はいつからこのアパートに住んでいるんですか?」

真剣に掃き掃除と向き合う専務のうしろから、ふとそんなことを問いかけると。


「家出してきたのが去年の九月」

「そうでしたか」

てことは、去年の十月のアパートの清掃に参加したってことですね。


「あ、大家さん、重いものは俺が持ちますから」

「ああ、響さん、すみませんねぇ」

専務は、空き缶が入ったごみ袋を引きずる大家さんにそう声をかけ、そのごみ袋を引き受ける。



……なんだか、専務の姿を見れば見るほど、どうしても“あのウワサ”が信じられなくなる。


ーー専務のせいで会社を辞める女性が多いっていう話や、月野さんが言ってた、女性社員にセクハラするっていうあのウワサーー……。



「……なにかまだ聞きたいことがあるの?」

「はっ」

いけないいけない。またぼんやりしてしまっていた。
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