となりの専務さん
……と思ったけど。

「たとえば君が俺のことを好きだと仮定してね」

あ。たとえばの話ですか。


「ええと……。まあ、リアルに考えると私は家の借金があるので、失恋で会社を辞めるわけにはいかないのが現実ですね……それに……」

「それに?」

「化粧品のこと、もっとたくさん勉強したいなって思ったんです」


専務のお姉さんに自信を授けた化粧品。
私に勇気をくれた化粧品。
専務が誇りを持って扱っている化粧品。

いろんな思いから、もっとたくさんのことを勉強して、もっとたくさん会社に貢献していける人間になりたいと思った。大手の会社だとか、お給料いいとか、そういう理由だけじゃなくて。



「……そう」

専務は短くそう答えるだけだった。けど。



……あれ、今ちょっと笑ってたかな? よく見えなかったけど。



「……でも安心したよ」

「え?」

振り返れば、専務はいつもの無表情で言う。

「てことは、俺と君が結婚して、万が一うまくいかなかったとしても、君は会社を去ることはないと」

突然、例の結婚話が出てきて私の心臓はまたしても激しく動いた。


「あ、あのっ、その話は、そのっ!」

「まだ冗談だと思ってる? 困るな、本気なのに。顔に本気が出ないからいけないのかな。でもこの無表情、意識しても直らないんだよな」

「あ、え、あの」

そ、そんなこと言われたって、誰かの代わりに結婚なんて絶対しませんからねーー‼︎



「あ、でも」

専務はなにかを思い出したような声を出す。


「なんですか?」

「君と出会ってから二回ほど君にキスをしたけど、今後はああいう突然の行為は控えようと思う」
< 92 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop