お帰り、僕のフェアリー
4月。
静稀は研究科2年生となり、髪を少し明るくした。
僕は、さらに暇な3回生となった。

由未は、なんと、東京の高校へ転校した。
……片思いのサッカー部の先輩が、東京の大学に進学したのだ。
1年我慢するという選択肢は由未にはなかったらしい。

僕は、2年ぶりに静かな日常を取り戻した。
必然的に、静稀と睦み合う時間が増えた。
僕らは、穏やかな幸せを満喫した。


4月15日、静稀のお稽古が始まった。
6月、雪組は2手に別れて公演を行う。
一方はムラの小劇場で、もう一方は大阪にある別のホールでの公演となる。
静稀は大阪組に振り分けられた。
ムラではないものの、静稀は僕が毎日来るものとして、チケットを手配しているようだ。
……正直、僕は大阪のガチャガチャした空気と匂いが苦手なのだが、静稀のために我慢して通うことにした。

榊高遠くんは、研2にして、名前のある役をもらった。
やはり演出家の先生は、ちゃんと見てくれてるんだな。
また静稀に対する嫌がらせが始まるのでは?と危惧したが、今回はその徴候は見えなかった。
どうやら、静稀を虐めていた同期生達は、別の組に配属されたらしい。
そして、雪組には頼もしい先輩、れいさんもいる。
静稀の研究科2年目は、何の不安もなく始まった……ように感じていた。


6月に入り、まずは、雪組のムラ小劇場公演が始まった。
数日遅れで、静稀たちの別箱(ムラ・東京の専属劇場以外の劇場)公演がスタートした。
もちろん僕は、初日から駆け付ける。
今回の公演は、数年前に別の組で上演されたものの再演らしい。
原作は、少女漫画。
明治から大正時代の旧制高校を舞台に、キャラの立った男の子達の青春物語だった。

……どうせ毎日通うなら拡張高い文芸作品がいいとも思ったのだが、静稀と一緒に原作を読むと独特の世界観が非常におもしろかった。
榊高遠くんの役は、かわいい外見ながらちゃきちゃきの江戸っ子。
もちろん舞台にいるだけの脇役だが、好感度の高い、おいしい役だった。
ちょこちょこと、ウィットの効いた江戸言葉を発するたび、観客の目が榊高遠くんに集まる。
整った美しい顔立ちが周知のものとなっていく。
フィナーレでは、原作の世界観を活かした演出もあり、最後まで楽しい公演だった。
カーテンコールは3度続き、和やかに盛り上がり終演となった。

初日の夜は、必ず静稀はご家族と過ごすので、僕は会えない。
しかし、今公演は別箱なので、新人公演のお稽古がない。
翌日から、僕らは終演後の時間を一緒に過ごすことができた。
最初は、普段通り、静稀がタクシーで僕の家にやってきていたのだが、次第に僕らの気が緩んでくる。
劇場から少し離れた場所で落ち合って、共に帰るようになった。

僕が毎日観劇することが、そんなにも静稀の励みになるのだろうか。
榊高遠くんは、劇評にもわざわざ名前を出して褒めてもらうほどに、注目された。
研2にしては異例のことだろう。

そのせいもあるのか、榊高遠くんに「タニマチ」のおばさまがつく。
榊高遠くんは、おばさま達からの愛情あふれる差し入れやプレゼントに戸惑いつつ、感謝の念を忘れなかった。

舞台の凜々しい男ぶりと、普段の品のよい控えめな少女にのギャップに、おばさま達はますます榊高遠くんをかわいがってくださった。

静稀の周囲が少しずつ賑やかになっていった。
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