お帰り、僕のフェアリー
大阪での公演が終わると、静稀は一週間のオフだ。
次の公演に向けて、自主稽古に精を出す静稀。
髪も、さらに明るい金髪になった。

日中どんなに忙しくても、夜にはうちでともにマサコさんの夕食をとった。
迫り来る慌ただしい日々に備えて、静稀はゆっくり羽根を休めた。


7月に入ってすぐ、次の大劇場のお稽古が始まった。
今度の公演で、雪組のトップコンビが退団するらしい。
たいして関わりを持っていないだろうに、静稀はトップさん達の退団を悲しんでいた。

次の演目は、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」を脚色したものらしい。
僕はオペラも好きなので、初日が待ち遠しかった。

榊高遠くんは、なんと、ワンフレーズだけだがソロで歌える場面をもらった。

静稀は、家に来られる日は、バルコニーで歌のお稽古をし始めた。
普段はひばりのように可憐なのに、歌うと静稀の声はとても心地のいいアルトを奏でる。
音域が狭いことは、今後の課題かもしれない。
しかし歌は榊高遠くんの武器になり得るだろう。
僕は、発声練習にすら聞き惚れていた。


8月15日、大劇場公演が初日を迎えた。
さすがにトップスターの退団公演の初日だけあり、僕にまわってきたチケットは二階席。
実は、はじめての二階席だったのだが、思っていた以上に見やすくて快適だった。
客席降りのある時以外は、一階後方のA席よりむしろいいかもしれない。

芝居は、本当にすばらしかった。
随所にワーグナーをそのまま使い、華やかな悲劇に仕上がっていた。
榊高遠くんの歌も、外で練習してるせいで声量が増したらしく、劇場内に高らかに響き渡った。

翌日から、僕の席は1階S席後方に変わった。
たまに、前のほうの席が交じる。
静稀が色々画策しているのだろう。
フィナーレでうれしそうに僕に微笑みかける静稀は、本当にかわいかった。

そして、新人公演。
榊高遠くんは、丸々1曲歌わせてもらえた。
オペラの舵取に当たる船員役を幾人かで分担しているのだが、そのうちの1人としてアリアを歌ったのだ。

Mit Gewitter und Strum aus fernem Meer(はるかなる海から雷と嵐とともに)

本公演で歌った上級生よりも素晴らしかった。
……それが、どういう意味をなすのか、その時の僕にはわからなかった。
ただ、静稀の上達が誇らしかった。

新人公演が終わっても、今公演期間中、静稀は夜に僕の家に来ることはできなかった。
トップスターのさよならショーのお稽古、だそうだ。
泣き虫の静稀は、お稽古ですら感極まることが多いらしい。
僕との電話でさえ、グシュグシュと鼻をすすっていた。
触れ合って慰めてあげられないジレンマを抱え、僕は毎日客席から静稀に笑顔のエールを送り続けた。

静稀もまた、毎日舞台上から僕を見つけ、とろけそうな笑顔を向けた。
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