お帰り、僕のフェアリー
新人公演当日。
前回と同じく、本公演を観劇してから、東京の専属劇場から一番近い老舗ホテルにチェックインする。

18時半に新人公演が開演。
本公演は2階席だったが、新人公演は10列目サブセンター。

榊高遠くんは舞台に登場すると、すぐに僕に目をやる。
明らかにその瞳に翳りが入った。

……いったい、何が?
いつものうれしそうな笑顔が見られなかったことで、僕は急に不安に襲われた。

榊高遠くんの演技や歌が乱れることはなかったが、明らかにいつも僕が観劇している時の張りきった状態ではなかった。

フィナーレでは、真剣に心配している僕と目が合い、怯える表情さえ見せる。
不可解だ。
そして少し、不愉快。

僕は、ホテルの部屋に帰り着き、ともすれば湧き上がる苛立ちを持て余す。

まだ未成年の静稀を不快にさせないよう、普段は一切酒は飲まない僕だが、今夜はしらふで待てる気分ではなかった。
ルームサービスでブルゴーニュを持ってきてもらい、独りで煽る。
一流の作り手による悪くない年のものなのに、美味しく感じない。
半分フランス人の僕は酒に弱くもないのだが、1本開けるころ、酔いを感じた。

負の感情がどろどろと赤いワインで溶かされて、僕の中を駆け巡る。
僕は、わけがわからないまま心を乱されている自分自身を嘲笑った。

0時過ぎ、ようやく静稀がやってくる。
ほとんど酒が抜けた僕は、むしろ醒めた頭でドアを開けた。
「いらっしゃい。」
そんなつもりもなかったが、声が冷たくかすれる。
静稀は、思いつめたような表情だった。

「どうぞ。」
いつまでも廊下に立ちすくむ静稀にもう一度そう言い、招き入れる。

無言で部屋に入り、ソファに座ったまま、押し黙っている静稀。

「で?」
なかなか口を開かない静稀に痺れを切らす僕。
「僕は、もう静稀にとって不要な存在になりはてたのかい?」

「え?」
静稀は、心底驚いた顔をして、立ったままの僕を見上げた。

やっと僕をまともに見た静稀に、僕の心は堰を切ったように走り出す。

「この半月にいったい何があったんだい?どうして、そんな顔をしてるんだ。話してごらん。何でもいいから、話すんだ。」

静稀の瞳がみるみるうちに涙でいっぱいになる。
「あの……私……」

「……うん?」
「……セ、セルジュに……言えなくて……言いたくなくて……苦しくて……ずっと……ずっと……苦しくて……」
「……うん。」

だから、それは、何?
逸る心を宥めて、静稀の言葉を待つ。

「私……」
「うん。」
「ご、合コン……。」

合コン?
そこまで言って、静稀は両手で顔を覆い、わんわんと声をあげて泣き出した。
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