お帰り、僕のフェアリー
先週楽が終わった夜遅く、静稀は目をパンパンに腫らしてやってきた。

「おかえり。」
苦笑して、静稀を抱きしめる。

「ただいま~。泣きすぎて頭痛いよぉ。」
眉間に皺を寄せて、静稀が僕を見上げる。

「あ~あ~。まだ東京公演が一か月もあるのに。」
僕はそう言いながら、静稀の真っ赤に膨れ上がった両の瞼にそっと口づける。

「ここも!ここも!」
静稀が左右のこめかみを指し示す。

かわいそうに。
僕は静稀の願い通り、両のこめかみに順に口づけしてから、唇に口づけた。
「おいで。頭痛薬を飲むと楽になるよ。」

「う……ん。でも、お薬飲むの、苦手。セルジュが、飲ませてね。」
静稀は、僕にしがみついたまま、そう言った。

久しぶりにこうして会えたからか、静稀は赤ちゃんのように甘えてきた。

この夜から、静稀は我が家に連泊した。
……由未がいなくなり、広い屋敷に2人だけの夜。
僕らは、新婚のように甘い日々を過ごした。

そうそう、今回は、静稀が快適に過ごせるホームドレスを3種類デザインしてみた。
さまよえるオランダ人の、ゼンタのイメージ、ノルウェーの民族衣装のアレンジ、そしてオランダの民族衣装のアレンジ。
シルクシフォン、シルクジョーゼット、シルクサテン……全てシルクを使用してもらった。
静稀にとってデザインや色よりも、肌触りと着心地が大事なので、そこは妥協できない。
あまりにもシルクにこだわるので、伯父からはお揃いのシルクのパジャマが何色も送られてきた。
必然的に、マサコさんのお洗濯スキルが上がった。


10月に入り、静稀の東京公演のお稽古が始まる。
静稀は寮に戻り、忙しい時間を過ごし始める。
今回は少し変更も生じたらしく、毎日遅くまで静稀のお稽古は続いたようだ。
そして、静稀は東京公演に旅立った。


ある夜。
電話で話していて、何となく、静稀が何かを言い出せなさそうな雰囲気が伝わってきた。

なんだろう?
一つしこりが生じると、静稀は僕に甘えることもできなくなったらしい。
しっくりしない、妙にぎくしゃくした会話しかできない夜が続く。
無理やり聞き出すこともできない。

静稀はいったいどんな言葉を言いよどんでいるのだろうか。
つい悪い方向へと考えがおよんでしまい、僕も臆病になった。

肝心な話ができないまま、日々が過ぎていく。
何度か水を向けてみたのだが、静稀は頑なに口をつぐんだ。

顔を見れば、触れ合えば、解決できる種類の話なのだろうか?
何が問題なのか、想像すらつかない。
静稀の気持ちが僕から離れた、とは思えないのだが……。

例えば、歌劇団側から、交際を禁止されるとか?
静稀に、縁談が持ち上がるとか?

僕自身は、どんな問題が起ころうと、静稀を手放す気はない。
でも、静稀は?
静稀にとって、一番大切なものは何だろうか。
静稀自身が僕との離別を望んだら、僕にはなす術もない。

僕は、どうすればいいのだろうか。
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