ヒロインになれない!
「それから、首のむち打ち……こちらも当分痛むと思います。」
首……絞められたのかな。
「あとは、感染症ですね。すぐには結果は出ませんが、既に検体は検査に出しています。抗生物質も入れています。ああ、洗浄とアフターピルの投薬は既に終えられてから来られてますので、妊娠の心配はありません。裂傷も治癒しています。」
……治癒って……
「私、そんなに寝てたんですか?」
医師はカルテを確認した。
「そうですね。来院時から高熱にうなされてらして……途中何度か目覚められましたが、混乱されてましたので……今日で、えーと、6日ですか。」
……6日間。
その間、恭兄さまは、水も食事も摂らず、やったって?
阿呆ちゃうか!
……ほんまに……阿呆なんやから……。
「いつ、退院できますか?」
私の質問に、医師は頭をかいた。
「んー、もう帰っていただいて大丈夫だと思うんですけど、まあもう一晩様子を見て、明日退院でいいんじゃないですか?あ、天花寺(てんげいじ)は3日ほど入院な。」
「えっ!」
恭兄さまが、声を挙げた。
……てか、この医師と知り合い?
「完全看護なのに居座って挙げ句の果てに脱水症状で倒れるって、どんだけ馬鹿?」
遠慮のない医師の言葉に、看護師さんも笑ってる。
恭兄さまは不満そうだったけれど、
「じゃ、由未ちゃんもあと3日入院ってことで。」
と、私を道連れにした。
医師と看護師さんがいなくなってから、恭兄さまに尋ねた。
「さっきのお医者様、恭兄さまのお知り合いですか?」
「うん。高校の時の先輩。大学は学部が違ったけど、よくうちに遊びにきてたよ。」
「仲良しなんですね。」
「……あの人、面倒見がいいから。」
横で知織ちゃんが、笑うのを我慢して変な顔をしてることに気づいた。
「知織ちゃん、どした~?楽しそうな顔してるよ?」
「山崎先生、恭匡(やすまさ)さんに食堂からオムライスを届けてくださったのにね、恭匡さん、スプーンを刺してだけで、一口も食べはらへんかったん。何でやと思う?」
恭兄さまは、ばつの悪い顔で、カーテンの向こうへ逃げていった。
「……化学調味料?あ、グリンピース!」
恭兄さまのお家に越してきてすぐ、マサコさんレシピの美味しい豆ご飯を炊こうと思ったらものすごく嫌がられて、結局作らなかったことを思い出した。
……私も豆臭いのは苦手だけど。
知織ちゃんは、手を叩いた。
「すごい!ほとんど正解!あのね、グリンピースと人参とコーンを冷凍したミックスベジタブルってあるやん?それを使ってたんだって。」
あ~、ミックスベジタブルね。
確かにあれはお気に召さないでしょうね。
「それじゃ、嫌いな具材を避けて、チキンライスと卵だけでも食べないと、って言ったらね、『全てがミックスベジタブルに汚染されてる』って!びっくりしちゃった!由未ちゃん、苦労してるんやろなあって、改めて思ったわ。」
知織ちゃんの言葉にカーテンの向こうで、恭兄さまがどんな顔してるのか、想像するとおかしかった。
なんかゴソゴソガサガサ音がしてるなあと思ったら、しばらくして恭兄さまが何食わぬ顔で姿を見せた。
血の付いた服を着替えて、顔や手に付着していたのも落としたらしい。
「……もう大丈夫やから、ちゃんと食べてくださいね。」
私がそう言うと、恭兄さまは笑って見せてから、悲しそうに目を伏せた。
17時に知織ちゃんは帰って行った。
明日また、学校帰りに来てくれるらしい。
……学校や家族には……内緒にしてくれてるんだろうか。
色々な疑問はあったが、考えようとすると頭痛が激しくなった。
まあ、いいか。
隣の簡易ベッドには、恭兄さまが点滴を受けながら眠っていた。
規則正しい寝息と安らかな寝顔に、私は言いようのない涙をこぼした。
本当に、心配させてしまってたんだろうな。
……何で……こんなことになってしまったんだろう。
くやしくて、悲しくて、許せない。
でも、それ以上に、恭兄さまに対して、申し訳ない。
こんなことなら、京都のお家に泊まったあの夜、あの御簾戸を開ければよかった。
ううん、東京に帰ってからだって、毎晩チャンスはあったのに。
自分の気持ちに気づかないふりをして、恭兄さまの愛情にあぐらをかいてたのかもしれない。
「あ……ごめん……」
静かに戸が開き、さっきの医師が入ってきた。
首……絞められたのかな。
「あとは、感染症ですね。すぐには結果は出ませんが、既に検体は検査に出しています。抗生物質も入れています。ああ、洗浄とアフターピルの投薬は既に終えられてから来られてますので、妊娠の心配はありません。裂傷も治癒しています。」
……治癒って……
「私、そんなに寝てたんですか?」
医師はカルテを確認した。
「そうですね。来院時から高熱にうなされてらして……途中何度か目覚められましたが、混乱されてましたので……今日で、えーと、6日ですか。」
……6日間。
その間、恭兄さまは、水も食事も摂らず、やったって?
阿呆ちゃうか!
……ほんまに……阿呆なんやから……。
「いつ、退院できますか?」
私の質問に、医師は頭をかいた。
「んー、もう帰っていただいて大丈夫だと思うんですけど、まあもう一晩様子を見て、明日退院でいいんじゃないですか?あ、天花寺(てんげいじ)は3日ほど入院な。」
「えっ!」
恭兄さまが、声を挙げた。
……てか、この医師と知り合い?
「完全看護なのに居座って挙げ句の果てに脱水症状で倒れるって、どんだけ馬鹿?」
遠慮のない医師の言葉に、看護師さんも笑ってる。
恭兄さまは不満そうだったけれど、
「じゃ、由未ちゃんもあと3日入院ってことで。」
と、私を道連れにした。
医師と看護師さんがいなくなってから、恭兄さまに尋ねた。
「さっきのお医者様、恭兄さまのお知り合いですか?」
「うん。高校の時の先輩。大学は学部が違ったけど、よくうちに遊びにきてたよ。」
「仲良しなんですね。」
「……あの人、面倒見がいいから。」
横で知織ちゃんが、笑うのを我慢して変な顔をしてることに気づいた。
「知織ちゃん、どした~?楽しそうな顔してるよ?」
「山崎先生、恭匡(やすまさ)さんに食堂からオムライスを届けてくださったのにね、恭匡さん、スプーンを刺してだけで、一口も食べはらへんかったん。何でやと思う?」
恭兄さまは、ばつの悪い顔で、カーテンの向こうへ逃げていった。
「……化学調味料?あ、グリンピース!」
恭兄さまのお家に越してきてすぐ、マサコさんレシピの美味しい豆ご飯を炊こうと思ったらものすごく嫌がられて、結局作らなかったことを思い出した。
……私も豆臭いのは苦手だけど。
知織ちゃんは、手を叩いた。
「すごい!ほとんど正解!あのね、グリンピースと人参とコーンを冷凍したミックスベジタブルってあるやん?それを使ってたんだって。」
あ~、ミックスベジタブルね。
確かにあれはお気に召さないでしょうね。
「それじゃ、嫌いな具材を避けて、チキンライスと卵だけでも食べないと、って言ったらね、『全てがミックスベジタブルに汚染されてる』って!びっくりしちゃった!由未ちゃん、苦労してるんやろなあって、改めて思ったわ。」
知織ちゃんの言葉にカーテンの向こうで、恭兄さまがどんな顔してるのか、想像するとおかしかった。
なんかゴソゴソガサガサ音がしてるなあと思ったら、しばらくして恭兄さまが何食わぬ顔で姿を見せた。
血の付いた服を着替えて、顔や手に付着していたのも落としたらしい。
「……もう大丈夫やから、ちゃんと食べてくださいね。」
私がそう言うと、恭兄さまは笑って見せてから、悲しそうに目を伏せた。
17時に知織ちゃんは帰って行った。
明日また、学校帰りに来てくれるらしい。
……学校や家族には……内緒にしてくれてるんだろうか。
色々な疑問はあったが、考えようとすると頭痛が激しくなった。
まあ、いいか。
隣の簡易ベッドには、恭兄さまが点滴を受けながら眠っていた。
規則正しい寝息と安らかな寝顔に、私は言いようのない涙をこぼした。
本当に、心配させてしまってたんだろうな。
……何で……こんなことになってしまったんだろう。
くやしくて、悲しくて、許せない。
でも、それ以上に、恭兄さまに対して、申し訳ない。
こんなことなら、京都のお家に泊まったあの夜、あの御簾戸を開ければよかった。
ううん、東京に帰ってからだって、毎晩チャンスはあったのに。
自分の気持ちに気づかないふりをして、恭兄さまの愛情にあぐらをかいてたのかもしれない。
「あ……ごめん……」
静かに戸が開き、さっきの医師が入ってきた。