草食御曹司の恋

『お見合いではなく、面接を』

見合い相手である俺をまっすぐに見つめて、彼女、矢島美波は自分を雇って欲しいと願い出た。

思ってもみないような発言に、少し戸惑ったものの、このチャンスを活かさない手はない。彼女を採用しようがしまいが、どうせ縁談は断られるに違いない。
ならば、僅かばかりの可能性に賭けてみようと思ったのだ。第一、俺が彼女との関係をこのまま終わらせたくなかった。
ただし、毎日顔を合わせる間柄であっても、彼女を上手く口説ける自信など、俺にはまるでなかったのだが。

秘書としての彼女は、客観的に見ても非常に優秀だった。
幼い頃の海外暮らしや、学生時代の留学で培われた語学力もさることながら、出過ぎることもなく、かといって受け身というわけでもなく絶妙な存在感でテキパキと仕事を片付けて行く。矢島社長の教育の賜か、それとも天性のものか、周りへの気配りは完璧だった。
いつでも俺が仕事をしやすいようにと、スケジュールを組み立て、話し掛けるタイミングまで見計らってくれる。彼女が来たことで、仕事の効率が格段に上がったため、新製品の開発プロジェクトにこれまで以上に力を注ぐことができるようになった。
そして、彼女が上手く橋渡ししてくれるお陰で、俺と部下との緊張感のある距離感はそのままに、情報伝達だけが円滑になっていく。まさに、良いことずくめである。

しかも、客観的な変化だけでない。傍に彼女が居てくれるだけで、俺は自然と今まで以上に仕事に身が入っていた。
普段、部下からは何を考えているか読めない不気味なアンドロイドだと思われている俺も、内実はただの一人の男に過ぎないのだ。

はっきりと彼女への思いを自覚しているのに、いつまで経っても彼女にアプローチできない。
そんな俺の事情は社内では誰も知る由もないが、家族の中ではすでに当たり前になりつつあった。

お見合いの時から俺が舞い上がっていたことを見抜いていた両親は元より、弟妹にもすぐに見破られた。
母親に似て美形に育った弟妹は兄よりも当然に恋愛慣れしている。そもそも、ずっと秘書を雇うことを断っていた俺が、あっさりと見合い相手を秘書として採用したことで全てを悟ったらしい。

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