草食御曹司の恋

少しだけ答えるのを躊躇したように見えたものの、母はまた迷うことなく言葉を続けた。

「後悔してることはないわね。確かに仕事が忙しくて中々会えないし、大変なことも多いけど。お父さんと結婚して、本当によかったと思ってるわ」

息子に面と向かって惚気るのが恥ずかしいのか、母は頬をほのかに染めて微笑んだ。
その顔に、どこか安心したような、それでいて悔しいような不思議な心地がした。

もしも、俺に彼女を繋ぎ止められるような魅力があったなら、結果は違っていたかもしれない。

そもそも、自分に自信がないから、彼女に好意の欠片さえも伝えられなかったのだ。

自信が欲しい。今よりもっと努力して、さらに人間として成長したいと心から願った。

ソファから立ち上がり、母に先ほどの質問の答えを返した。

「少し、仕事を片付けてくるから、夕食はいらないよ」
「えっ、今から?もう夕方よ?」
「ああ、どうしても今やりたいことがあって」
「そう、気を付けていってらっしゃい」
「また夜に顔を出すよ。洸と話をする予定だから。じゃあ」

会社へと向かうために、足早にリビングを後にする。

「本当に、急にどうしたのかしら?」

俺を見送る母の、疑問を含みながらふふっと笑った声が聞こえたが、気にせず玄関を出た。

陽が傾きかけた空には薄い雲がかかっていた。それでも、迷いがなくなった俺の心はすっきりと軽くなっていく。

またいつか君と会うことがあるとしたなら。
その時は、堂々と胸を張って君に好きだと言える自分でありたい。

この日から、俺は本当の意味で彼女に恋をしたのかもしれない。恋をすると、人はきっとどこまでも強くなれるのだ。
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