草食御曹司の恋
「何の話?」
俺の言葉の意味などまるで心当たりのない梓が、ぽかんとした顔で聞き返す。俺は、軽くため息をつきながら答えた。
「いや、錬には敵わないなと思って」
あえて彼女については言及せずにはぐらかせば、梓は「そういえば」と何か思いだしたように話し始める。
「さっき、お兄ちゃんからメールが来たんだけど“運命だから諦めろ”って、どういう意味?詳しくは博之に聞けって書いてあるんだけど…」
親友のだめ押しの遠隔攻撃に、俺はたまらずぷはっと吹き出した。肝心な梓は何のことかまるで分からないとばかりに、きょとんと俺を見つめている。
大切な妹にのしを付けて差し出すのだ。
それくらい、俺は彼にとって必要な存在だと自惚れてもいいだろうか?
「梓、腹減った」
これが運命だというのなら、つまらない意地を張り続けるのはやめてしまおう。
「うん、待っててね。ホントはもっとちゃんとしたご飯作ってあげたいんだけど」
「いや、十分だ」
俺にとって本当に必要なのは、白米と味噌汁の朝食でもなければ、才能や努力でも、ましてや我慢や忍耐でもない。
きっと、素直に欲しいものに手を伸ばす勇気だ。
「じゃあ、すぐに作るね」
いつでも眩しくて、愛おしい彼女に思わず手を伸ばしかけて、慌てて引っ込めた。
空腹を満たした後には、さっきとは違う話を彼女にしようと思う。