草食御曹司の恋

私は別の意味で溜息を落とす。
彼は部下にとんでもなく誤解されている。
本当の彼は、無表情でも何でもない。

ただ単に、部下と話をするときも、常に機械のことが頭を離れないだけ。
決して、上の空な訳ではない。
ちゃんと話は聞いているのだけれど、会話の最中にも、彼の頭の中は新しいアイデアが溢れてくるらしい。

そのことに気がついたのは、彼が会話中に密かに手元に走り書きしているメモを見つけた時だった。
彼は、部下から新製品の発売日に関する報告を受けながら、迷路のような電子回路を書き続けていた。
そのくせ、新製品の発売日はしっかりと覚えているのだ。
無表情でアンドロイドのように仕事をこす御曹司。
その中身は、生粋のエンジニアだ。


そのことに気がついてから、彼の魅力に打ちのめされるまで、あっという間だった。

一度夢中になると、まるで子どものように目を輝かせている。
表情が乏しいのは確かだが、彼とずっと過ごすうちに微かな変化に気付くことができるようになった。
そんな時は、極力来客や打ち合わせの予定を入れないようにする。
これが、室長秘書である私、矢島美波(やじまみなみ)の一番重要な仕事である。

そんな私の気遣いなどまるで気がついていないようで、彼は実はよく周りが見えている。
私がオーバーワークにならないように、頼む仕事の量を的確に調整しているし。残業になりそうな時には、必ずデスクに差し入れのお菓子が置かれている(他に無断で室内に入ってくる人はいないので彼に違いないのだが、お礼を言ってもいつも曖昧に微笑むだけだ)。

周りには伝わっていないが、彼は本当は気配り上手だと思う。
逆にそうでなければ、こんなに部下と距離が出来る訳はない。
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