草食御曹司の恋
「君にはほんとうに申し訳ないが、多分、博之の妻に扮していたのは、俺の妹だろう。本当の名前はしおりではなく、梓だ。それに、俺の知る限り二人は結婚していない。彼らが嘘を付いていたことについては、何としてでも二人からきちんと君に謝罪させるつもりだ」
彼の見解を聞いて、驚きよりも「ああ、やっぱり」という気持ちのほうが大きかった。最初から彼女が彼の妹だと分かっていたのだ。二人の間に夫婦というにはよそよそしい空気が漂っていたことにも気付いていた。だから、全く騙されたという気はしない。
「どうかお気になさらず。最初から私も気が付いていましたので。何か事情があるのだろうと深くは尋ねなかっただけですから、騙されていたということはありません」
私がきっぱり言い切ったにも関わらず、彼は首を縦には振らなかった。
難しい顔をしたまま、こちらに申し訳なさそうな視線を向けていた。
「あ、あのっ、お腹空きませんか?えーっと、ホームパーティーだと聞いていたので、料理を持ってきたんです」
気まずい空気をどうにかしたくて、慌てて荷物の中からタッパーを取り出す。中身は参加人数が分からなかったので、とにかく多めに握ってきた、炊き込みご飯のおにぎりだ。
「あの、お口に合うか分かりませんが、もし、お昼がまだでしたら…」
テーブルに広げてみたものの、わざわざ勧めるような料理でもなかったと、差し出しながら言葉が尻すぼみになる。
彼は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに和やかな表情で尋ねてきた。
「これは、君が作ったの?」
「…はい。具材を入れて炊飯器で炊いたものを、握っただけですが」
「ありがとう。本当にもらってもいいの?実は丁度昼を食べに出ようと思っていたところなんだ」
「ええ、食べていただけると助かります」
「じゃあ、遠慮なく」
僅かだけどほんのり口元に笑みを浮かべて、彼がタッパーへと手を伸ばす。
彼が口へと運んだのを見届けて、自分も同じように一つおにぎりを手に取った。
二人で黙々とおにぎりを食べた結果。
タッパーの半分ほどが空になった。
「うん、美味しかった」
「…飽きませんでしたか?同じ味ばかりで」
「いや、全く。三食これでも大丈夫なくらい」
「いやいや、さすがにそれは…」
「残りはもらっても?冷凍しておこうかな」
「えっ、そんなご迷惑では…」
「いや、助かるよ」
大人数で取り分けて食べるために作った代物だから、味と形はほぼ均一だ。どんなに好物だったとしても、さすがに飽きるだろう。
「アメリカ出張からそのままこっちに来て、しばらく日本食は食べていないし、食べられそうにもないと覚悟していたんだ」
「こちらには仕事で?」
「ああ、少し長めに滞在する予定でね。博之に宿を提供すると言われたのはいいんだが…」
突然、サプライズでやってきた元秘書の登場に彼も戸惑っているようだった。
私も、そのサプライズの意味が理解できずに困っている。
一体何のために。
巧妙な嘘までついて、彼らは私をここに呼び寄せたのか。
さっぱり理解できなかった。