草食御曹司の恋

「元気そうで、安心した」

改めて懐かしい彼の声を噛みしめながら、彼と向かい合う。彼と視線を合わせた瞬間に、私ははたと我に返った。
よほど気が動転していたのか、久しぶりに再会したというのに、きちんと挨拶をしていないことに気が付く。私は慌てて口を開いた。

「あのっ、ご無沙汰しております…熊澤室長」
「ふっ、室長か。懐かしいな」

彼の口元がふっと緩んだのを見て、自分の発言を後悔した。
今も彼が室長かどうかは分からない。
人一倍努力家で才能溢れる彼のことだ。きっと今ではもっと上の役職に就いているに違いない。
この三年間、日本の経済界のニュースを見聞きする時も、あえてクマザワの名前を避けていた私には、知り得ない情報だった。

「あっ、申し訳ありません、つい…」
「いや、いいんだ。俺はもう君の上司じゃないから、そんなに畏まって話さなくてもいいさ」
「そう言われましても…」

ついついビジネスライクになる私に対して、彼は初めて会ったときのようなプライベートの顔をした。

「できれば、名前も普通に呼んでほしい」
「……熊澤さん?」
「疑問符は要らない」

私がぎこちなく彼の名前を呼ぶと、彼は軽く注意しながらも、柔らかい表情で頷いた。

「まずは、君がここへやって来た事情を聞こう。……まあ、だいたいの見当はもう付いてるんだが」

そう言われて、これまでの経緯を簡単に説明する。一年前に三浦さんと偶然出会ったこと。“しおり”と仲良くなったこと。そして、今日は二人にホームパーティーだと呼ばれてやって来たこと。
私の話を途中まで聞いたところで、彼は頭を抱えだした。どうやら、彼が予想していた以上の内容だったようだ。
私の話を聞き終えると、彼ははぁと大きく溜息をついてから顔を上げ、それからもう一度しっかりと私の方を向いて、頭を下げた。

「まずは、謝らせてくれ。君を巻き込んですまなかった」
「…いえ、そんな風に思っていないですから大丈夫です。頭を上げて下さい」
「そういう訳にはいかない。俺の友人は君に嘘を付いて、君を振り回した。おそらく、俺に盛大なお節介を焼くために」

彼の言葉の意味を何となく理解する。
おそらく、私は今日ここへ彼に引き合わされるために呼ばれたのだ。つまりは、ホームパーティーは私をおびき寄せるための嘘ということ。何の為にかはこれまた不明だが、単なるサプライズにしては手が込んでいる。
< 45 / 65 >

この作品をシェア

pagetop