【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ
「……お前、昨日、何してた?」


惣次郎が挨拶代わりに発したのは聞いたこともないような低い声で出された、そんな一言。


「何……って、バイトだよ。言ったじゃん」


「嘘つくなよ。嘘じゃないっていうなら、この状況、説明してみろよ。美姫のバイトは大人とデートする事なの?」


惣次郎は眉を寄せ、怒りを隠せないと言った表情で携帯を差し出す。


そこに写っているのは、昨日の海の、太陽が海に溶け込むところを見る私とタク。


「この男が誰なのか……ちゃんと分かるように言えよ!俺に納得するように!」


普段は絶対声を荒げたりしない蒼次郎の、四年間も一緒にいて初めて怒る姿。


私は水分という水分が体から失くなっていくような感覚に陥った。


せっかく被っていた仮面なのに。必要のない人間関係を保つために、心を割いて作って来た仮面だったのに、もう、繕う事は出来ない。


だって、やましい関係でなくても、この写真の海を見るふりをしてタクを見る私は、タクにどうしようもなく恋をしている女だから。
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