俺様当主の花嫁教育
「志麻、ほんのちょっと前まで付き合ってたのも一応御曹司だったのにね。……ま、西郷さんの場合はそういうとこ割とシビアでケチっぽかったから、志麻の庶民っぷりも変わらなかったんだろうけど……」


話題を変えずに話していた由香が、化粧ポーチを片付けながら、チラッと私に横目を向けた。


「でも、本命の『エリカちゃん』には違ったのかもね」

「……しっ!」


由香が話す途中でトイレに入って来たエリカちゃんを横目で捉えて、私はハッとして由香を止めた。
エリカちゃんも私に気づいて、相変わらずおっとりいい子に笑いかけてきた。


「笠原さん、お疲れ様です」

「あ、お疲れ~」

「……じゃあね、志麻」


エリカちゃんに場所を譲るように、由香は会話を切り上げて、ポーチを片付けながら私にそう声をかけた。


「あ、すみません。ありがとうございます」


このくらいのことで、エリカちゃんは丁寧に由香に頭を下げる。
そのお辞儀の角度を観察しながら、やっぱり私は負けてることを認めざるを得ない。


もう一ヵ月近く、スパルタでお稽古していたのに、私の身体には美しい所作はまだ染み込んでいない。
エリカちゃんの場合は、逆に身体から滲み出てくるようだと思う。


――これが、西郷さんが選んだ『着物美人』……。


「どうかしました?」


鏡の前でがっくりとこうべを垂れる私に、エリカちゃんはキョトンと首を傾げている。
洗面台にポーチを置くエリカちゃんの左手薬指が目に映って、私は一瞬グッと詰まった。
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