俺様当主の花嫁教育
銀座の歌舞伎座で私と御影さんを見かけた後、エリカちゃんは西郷さんに、御影さんに憧れていたことを話した。
西郷さんは相変わらずのプライドの高さで『俺、アイツの幼なじみだよ』と、著名人に通じる自分の人脈を自慢したのだろう。


ところがエリカちゃんはそこは丸無視で、『御影さんに会わせて欲しい』とお願いをした。
西郷さんにとっては、叶えられるお願いではなく、理由をつけて断られた。
けれど、一度エリカちゃんの中で盛り上がってしまった『望み』は、そう簡単に諦められるものではない。


『お願いします。お願いします』と、何度も繰り返して頭を下げるエリカちゃんを見ていると、その熱心さにほだされて、うん、と頷いてしまいそうになる。


気持ちはすごくよくわかる。
幼い頃からお茶に慣れ親しんだエリカちゃんにとっては、御影さんは本当に手の届かない神様のような存在なのだろう。


だから、ここまで真剣に頼まれたら、叶えてあげたい願いではある。


とは言え、そんなお願いを気軽に出来るわけがない。
御影さんは恋人じゃないんだから、私の個人的なわがままを聞いてもらうなんて、とんでもないことだ。
それでなくても、火傷をして逃げ帰ってしまったあの夜から、私は意識的に御影さんを避けていた。


もともと御影さんから茶道を習う頻度は高くないし、この間の集中力を欠いた私を見れば、しばらくは茶道のお稽古はないだろう。


オフィスに迎えに来てくれるのも断った。
噂されると困るから、と説明すれば、御影さんも西郷さんとの記憶が新しいのか、割とあっさり納得してくれた。


そうやって、あれから二週間近く、私は御影さんの顔を見ていないのだ。
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