君の隣
病室の明かりは消え、月明かりだけがカーテンの隙間から静かに差し込んでいる。
 

それが、ベッドに横になる理名の顔をほんのりと照らす。

 拓実が椅子を引き寄せて、そっと理名の手を握った。

「ねえ、理名」

 低く、静かな声。

 彼の指が理名の指に絡む。


 「明日、俺も一緒に行けたらいいのにって、何度も思った」

理名は目を閉じたまま、弱く首を振った。

 「……そばにいてくれるだけで、充分よ」

 「怖くないって言ったら嘘になる」

 理名の声はかすれていた。

 少し間を置いて、ぽつりと続ける。

「……お腹に、小さな穴を四つ開けるんだって。

 炭酸ガスで膨らませて、カメラと器具を入れて、筋腫を取るの。
 
腹腔鏡手術っていうらしい」

 拓実は静かに頷いた。

 「開腹よりも傷が小さくて、回復も早いって。

 朱音先生は、癒着も少ないから大丈夫って言ってた」

 理名は目を閉じたまま、言葉を探すように続けた。

 「でも……自分の身体の中で、そんなことが起きるって思うと、やっぱり怖い」

 ふるふると震える指先を、拓実が両手で包む。

 その温かさに、理名の不安がほんの少し、ほどけていく。

 「でも、あなたの手を握ってると、怖さより、安心が勝つの。
 
不思議ね」

拓実は理名の頬に手を添え、静かに見つめた。

 「そう言ってもらえるなら……
 俺は、世界中の怖いものから君を守れる気がする」

そのまま、ふたりの距離がそっと縮まる。

 そして、唇が重なった。

 ゆっくりと、確かめるように──。

ただのキス。

 けれど、何度も何度も、少しずつ角度を変えながら重ねるたびに、心がほどけていく。

理名の唇が、拓実の名前を微かに呟く。

 その度に、拓実の胸がきゅっと締めつけられる。


 理名への愛おしさでいっぱいになる。

「……ねえ。

 もう少しだけ、キスしてて?」

 理名が小さく甘えるように頼んだ。

「うん、何度でも」

 拓実の声は熱を帯びて、まるで囁くように響く。

唇を重ねるたびに、ふたりの境界が溶けていくようだった。

 肌が触れ合わなくても、心が裸になって、すべてを許し合える夜。

キスだけで、すべてを伝えるように──。
深く、優しく、甘く。

病室という静けさの中で、ふたりはただ、お互いのぬくもりと愛を確かめ合っていた。

 不安も、怖さも、すべて溶けて消えるほどに。
 
 
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