君の隣
回復の1日目──

理名はベッドで静かに本を読んでいた。
 1冊読み終えた頃、病室の外からノックの音がした。

 扉が叩かれた回数は2回。
 2回の間に、1拍分の間がある。

 この、ノックの仕方は。

「拓実ね。
 どうぞ?」

「ベッドの中だと、すぐ読み終わっちゃうと思ってね。

 何冊か買ってきた。

 術後に読むなら医学書より、こっちのほうが効く」

「……え、これ、私が好きって言ってた作家の小説!
 しかも新作のエッセイ集まで!

 ……さすが拓実先生。

 処方箋が的確ですね。

 ありがとう」

 

回復の3日目──

少しずつ歩行練習が始まった。

病棟の廊下を、スリッパの音を控えめに響かせながら歩く理名。
 彼女の隣には、当然のように拓実がいた。

 彼は当直明けで一睡もしていなかった。

 「俺のストレス解消だから。
 理名の顔を見るだけで、疲れも吹っ飛ぶ」


 そう笑って付き添っていた。

「……ねえ。

 拓実」

「ん?」

「私さ……ずっと、“失ったもの”のことばかり数えてた気がする」

「……」

「でも、今回の手術で──“まだ、これからのことも考えていい”って、ちょっとだけ、そう思えたんだ」

拓実は黙って歩みを止め、そっと理名の頭を引き寄せてキスを落とした。

「理名がそう思えたなら、それがいちばんの回復だよ」

 

回復の6日目──
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