君の隣
数秒の沈黙のあと、真奈美がそっと口をひらいた。

「……理名ちゃん、今月、婦人科の処方箋出してたわ」

「え……」

「低容量ピルでも、不正出血でもない。

 ちょっと気になってたの。
 で、たまたま薬歴調べたら……ジエノゲスト、出てたわ」

一瞬、時間が止まった。

──ジエノゲスト。
子宮内膜症や子宮腺筋症など、ホルモン療法に使われる薬。
内科ではまず出さない。

 婦人科、それも──

「婦人科……しかも、筋腫……良性の、ね?」

 「ええ、多くは良性。

 だけど、ショックだったと思うわ。
場所や年齢によっては、子宮摘出手術も、選択肢に入るから」
 
 真奈美は声をひそめた。

  「私たち薬剤師は診断には立ち入れないけど、処方パターンで、だいたい予測はつく」

拓実は、胃の奥をぎゅっと掴まれたような感覚に襲われた。

 理名が、何かを隠している──

 それだけは確かだった。

「……なのに、俺に、何も言わないんだ」

「それだけじゃないんじゃない?」

 真奈美が静かに言う。

「きっと理名ちゃん、自分の身体以上に、あなたの気持ちを守ってる」

「俺の……?」

「医師ってさ、強いフリするの、上手いでしょ?

 患者には見せられないから。

 でも、それが恋人にも続くと、溝ができるのよ」

「……っ」

拓実は俯き、唇を噛み締めた。

 守りたかった。

 支えたかった。

 けれど、理名は──その痛みさえ、ひとりで抱えていた。

「……もう時間。

 そろそろ帰るね」

真奈美が立ち上がろうとしたとき。

「待って。

 ……真奈美さん、もし……その筋腫が、良性じゃなかったら、どうなる?」

一瞬、空気が張り詰めた。

「……それは、医者のあなたのほうがわかってるでしょう?」

「……ああ」

拓実は、強く頷いた。


 だからこそ、怖い。

 知るのが。

 だがこのままでは、もっと怖い未来が来る──その予感が、脳を締めつけていた。
 

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