君の隣
「……理名、聞こえてるか……?」

震える声。
返事のない沈黙。

麻未は呼吸器の再調整を行い、慎也は薬剤の準備を続ける。

 胃洗浄は間に合わなかったが、活性炭の投与準備と昇圧剤の準備は同時進行で進められていた。

(俺は、医者なのに。

 彼女の恋人なのに。
 どうして、ひとりにしてしまった──)

拓実は何度も自分に問いかけた。

 けれど、答えは出なかった。

(俺が「そばにいる」って言ったのに……
 全部、口だけだったんじゃないか……?)

あの夜、理名は冷蔵庫の前で立ち尽くしていた。

 水を飲むふりをしていたけれど、グラスは空のまま。 「眠れないの?」と聞いたとき、彼女は笑った。

 その笑顔は、どこか借り物のようだった。
目は、どこにも焦点を合わせていなかった。

 まるで、自分の居場所を探しているように──

 その違和感を、見ていたはずなのに。

 なのに、見ないふりをした。
 
(医者なのに……何やってんだよ、俺は……)
 
 あの笑顔は、助けを乞う叫びだった。

 見破るべきだった。

 見抜いて、抱きしめるべきだった。

(俺が……守りたかったのは、理名の命だったのに……!)

理名の肩を掴んだその手は、かすかに震えていた。

 怖かった。

このまま、彼女が戻ってこなかったら──
もう一度、あの笑顔を見られなかったら。

──耐えられない。

涙が、頬を伝った。
自分でも止められないほど、溢れていた。

「理名……!

 頼むから、戻ってきてくれ……!」

かすれた声が、無機質なモニター音にかき消される。

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