君の隣
拓実が振り返って、理名の髪を軽く撫でた。

「でも──朝から君を見送れるだけで、もう全然違う」

「……そんなこと言って、甘やかさないで」

 理名が少しだけ頬を赤くして、小さな声で呟く。

拓実は笑いながら、マグカップをふたつ並べた。

 テーブル越しに見つめ合い、言葉よりも、穏やかな空気がふたりを包む。

ふいに拓実が歩み寄ってきて、
理名の頬に手を添え、やわらかく唇を重ねた。

「……いってらっしゃい、理名。

 無理しすぎないように。

 午後、もし時間合えば一緒にご飯食べよう」

「うん……ありがとう。

 拓実も気をつけてね」

ジャケットを手に取った拓実が、玄関で振り返った。

 「理名。
 帰ったら、また抱きしめていい?」

理名は白衣を抱えながら、少し照れたように微笑む。

「……抱きしめるだけじゃ、足りないくせに?

分かった。

今日もお互い頑張ろうね、拓実」

靴音が遠ざかっていくと、理名は深呼吸をひとつ。

 あたたかな余韻を胸に、今日という日を、またひとつ大切に生きようと思った。


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