君の隣
玄関のドアを開けた瞬間、香ばしい匂い──

 炒めたにんにくとオリーブオイル、それにトマトの甘い酸味。

「……あれ、拓実?」

 青いパンプスを、シューケースにしまいながら、声をかけた。

キッチンから顔を出したのは、エプロン姿の夫だった。

「おかえり。

 診察、どうだった?」

理名は鞄を部屋のクローゼットに置いた。

 少しの間だけ黙って──ふいに、拓実の胸に顔を埋めた。

「……今日、朱音先生がね。

 『生きようとしてる』って……

 私の身体が、ちゃんと応えてるって、言ってくれたの」

拓実は驚いたように目を見開いた。

 すぐに腕を回し、彼女をぎゅっと抱きしめる。

「……そっか」

 「うん……どうなるか、怖かった。

 でも、ちょっとだけ、嬉しかった」

頬を拓実の胸にこすりつけながら、理名はくすっと笑った。

 「……こんなときくらい、ごはん作ろうと思ったのに。
 拓実、もう作ってくれてるんだもん」

「それは俺のセリフだよ」

 拓実も笑う。

 「おかえり。

 お疲れさま、理名」

そう言って、理名の黒髪にそっと口づけを落とした。


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