君の隣
ふたり並んで布団に入る頃には、外はすっかり静まり返っていた。

「……ねえ、拓実」

 「ん?」

「今日の料理、ちゃんとメモしておいてね」

 「え、あの塩辛いやつ?」

 「うん。
 ……たぶん、何年か経ったら、思い出す気がするの。

 あの日の味だって」

拓実はくすっと笑って、そっと理名の額にキスを落とした。

「じゃあ、塩加減そのまま書いとく」

「……それでいい」

灯りを消す直前、拓実は理名をそっと自分の胸に引き寄せる。

ふたりの間には、言葉よりもあたたかな沈黙があった。

 きっと──この時間も、未来のどこかで思い出になる。

朝のカンファレンス終わり、医局のデスクに並んで座っていたときだった。

「……行ってみようか。ふたりで。
 たまにはさ」


 拓実の、思いがけない一言。

理名の頬はわずかに赤らみ、肩の力が少し抜けた。

「……ほんとに、行けるの?」

「行けるよ。

 医局長も、“結婚祝いは休暇だ”って言ってたんだろ?」

「うん。
 “式も挙げるなら、顔のクマ取ってこい”って言われた」

「じゃあ決まりだな」

拓実は手帳を閉じて、理名の手に自分の手を重ねる。

 「休み、合わせたから」

その言葉に、理名はしばらく黙ったあと、目元を細めた。

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