君の隣
朱音が、誰よりも心に蓋をしていた名前。

 「家族」として過ごしてきた人の名ではなかった。
 けれど――

星哉は、すべてを分かっていたのだ。

 朱音が、まだ消しきれない想いを胸に秘めていたこと。

 それでも、怒ることも、問いただすこともしなかった。

ただ、彼女を「妻」として守り続けてくれた。

だからこそ、先に逝く未来を見越して、こうして「選択肢」を残してくれたのだろう。

 この筆跡は、彼なりの“推薦状”だったのかもしれない。

 「この人なら、君を幸せにできる」──

 そんな静かな祈りが、インクの滲みに宿っていた。
 
胸の奥がじわりと熱を帯びていく。

 金庫の奥に隠れるようにあった便箋は、星哉からの手紙だろうか。

 それは、まだ読めなかった。
 
封筒に、一滴、涙が落ちた。

「……あなたって、本当に、最後まで優しすぎるのよ」

 その声は、誰にも届かないはずなのに、 まるで彼がすぐそばで微笑んでいるような気がした。
 
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