君の隣
朱音×輝

止まった時間

朱音の夫、星哉(せいや)が空へ消えてから、もう3年が経とうとしていた。

飛行機事故。

 ニュースで流れた数秒の報道と、帰ってこなかった夫の笑顔。

 娘の奈留(なる)と泣いた夜のことは、記憶が断片のまま固まっている。

葬儀のあとも、朱音は母であり、医師だった。
 
止まることは許されなかった。

けれど、心のどこかで、彼の気配を今でも探していた。

 春の雨がぽつぽつと窓を打ちつけ始めた午後。

 朱音はひとり、書斎の金庫の前に座っていた。

目の前のダイヤルに手を添えるのは何年ぶりだろう。

 亡き夫・星哉が使っていたそれは、彼の死後、一度も開けたことがなかった。

けれど、今日──ついに、鍵を開けた。

小さく軋む音とともに、扉が開く。

中にあったのは、封筒に入った、数枚の書類。

 そして、彼が生前好んで使っていた黒い万年筆。

一番上にあったのは、星哉の強すぎる筆圧で署名された《離婚届》。

その下に──
 同じ筆跡で、記入された《婚姻届のコピー》。

 夫の名前の欄には、朱音の旧姓と並んで、高沢 輝(たかざわ あきら)の名前があった。

「……ほんと、ずるい人ね、あなたってば」

 
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