君の隣
当時、朱音には恋人がいた。
 
三咲星哉(みさきせいや)

 同じ大学、同じ志。

 将来の話だってしていた。

 けれど──

ふと、星哉が穏やかに言ったのだ。

「……気になるのか?
 あの子のこと」

ドキリとした。
 否定しようとした唇は乾いて、笑ってごまかすしかできなかった。

(ああ、私は……)

──あの頃からもう、きっと惹かれていたのだ。


 それから幾年。

 朱音は医師としての道を歩み続けた。

 今は成都輪生大学病院(せいとりんせいだいがくびょういん)の産婦人科に籍を置いている。

 あの頃の感情は、心の奥底に封じ込めたまま、完全にきえてはいない。

産婦人科医と脳神経外科医なんて、接点はほとんどないはずなのに。

 高沢だけは、どうしてか朱音の存在をずっと気にしていた。

業務中、カルテを手にしたまま曲がり角で出くわすたび、彼の目は必ず朱音に向いていた。

──日々の仕事の中で、それがどれほど続いたのだろう。

季節がいくつ巡った頃か、朱音は気づいた。

自分が、彼の視線を待っている。

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