君の隣
ある日、廊下ですれ違いざまに書類を落としそうになったとき。

「……危ない」

とっさに伸ばされた手が、朱音の指先をすっと包み込んだ。

「……ありがとう」

目が合った。

言葉にならない空気が流れる。

ほんの一瞬。

不思議と、その手の温もりは、夜になっても消えなかった。

またある日。

深夜のオペ明け、控室のソファで息を整えていたとき。

 背後からそっと背中を叩かれた。

「……よく頑張ったな」

眠気を帯びた、くぐもった声。

 それだけなのに、胸の奥がじんと熱を帯びた。

夜勤明け、偶然仮眠室でふたりきりになることも増えた。

 カーテン越しに聞こえる寝息に、目を閉じているのに心臓だけが騒がしい。

 そんな夜もあった。

 
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