君の隣
ある日、彼が言った。

 あれは、夜勤明けの日。

 朝から雨が降り続いた、梅雨の頃だった。


 「……長らく言えなかったけど、朱音先生のこと、ずっと気になってた。

 医大生時代から、もうずっとだ。

「……俺が言っていい立場じゃないのは、わかってる。

 でも、もう黙ってられない」

 
──朱音の世界が、少し傾いた。

押し殺していたはずの何かが、音を立てて胸の奥で揺れた。

(私……)

答えを出せないまま、ひと月が過ぎた頃。

 
──星哉が、あの届けを書いたのは、いつだったんだろう。

──彼に見透かされていた、私の想いは、どこまでだったんだろう。

 初夏の陽射しが、成都輪生大学病院の中庭を柔らかく照らしていた。

芝生は青々と茂り、木々の葉は若々しい緑に輝く。

 そよぐ風が花壇の花々を揺らし、遠くから患者やスタッフの足音や声がかすかに届く。

 新緑に染まる葉に囲まれた中庭のベンチ。

 朱音は、ベンチに座ってそんなことを考えていた。

 「お母さん。

 隣、いい?」

 声をかけたのは、朱音の娘の奈留だった。

 
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