君の隣
夏の湿気を含んだ風が、静かにふたりの髪を揺らした。

 そのぬくもりに包まれるようにして、朱音はそっと瞳を閉じた。

奈留は、朱音の膝に真新しい封筒をそっと置いた。

 その手つきは、まるで何かを託すようだった。

「お母さんが選ぶなら、これが“本物”になる。

 お父さんの気持ちは、コピーに残ってる。

 証人欄、書いたよ。

 雅志と私で。

 夫婦で、応援してるから。
 
お母さんのこと。

 あとは……お母さんの手で、未来を始めて」

 朱音は、封筒を見つめた。

 その中にある未来が、まだ少しだけ怖くて。

でも、確かに温かかった。

 奈留は立ち上がり、ベンチの脇で小さく手を振った。

「じゃあね。

 次に会うときは、“高沢先生の奥さん”になってるかもね」

朱音は、娘の背中を見つめながら、初めて──泣いた。

 まったく。

そういうところは、あのひとに似たんだから。
 
 
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