君の隣
隠そうとしても、滲み出てしまっていた、高沢への想い。
 
それに蓋をしてしまわないように。

 むしろ、望む未来へ朱音が自ら歩き出せるように。

そっと背中を押してもらった気がした。

「……ありがとう、星哉」

震える指先で、ゆっくりとペンを走らせる。

視界がぼやけたけれど、筆跡は揺らがなかった。

 朱音の名前が書かれたその欄。

 インクが紙に染みていく音だけが、静かに部屋に響いていた。

この一筆で、星哉との過去に区切りをつける。

 それは別れではない。

 彼がくれた“未来への許可”だった。
 
 彼女は窓の外に目をやった。

 雨が止んだ夜空に、月が静かに光っていた。
 

翌朝、朱音は半休を取り、静かに役所へ赴き、離婚届を提出しに向かった。

 受理された瞬間、心の荷物が下ろされた心地がした。


 
< 209 / 216 >

この作品をシェア

pagetop