君の隣
病室のカーテン越しに、朝が差し込む。

 理名の呼吸は静かで、機械のアラーム音も鳴っていない。

──心臓モニターが、リズムを刻んでいる。

 それだけで、拓実は何度も目頭が熱くなった。

「おはよう、理名」

 ベッドの傍に置いた丸椅子に腰を下ろし、拓実は囁いた。

ゆっくりとしたまばたき。

 乾いた唇が、微かに動いた。

「……拓実……」

声にならないかすれた音。

 でも、それは紛れもなく、彼女の意思だった。

 何も失われていない──理名は、戻ってきたのだ。

「もう大丈夫。

 ゆっくりでいい。

 全部、ここから……また始めよう」

理名の瞳がわずかに揺れ、涙がこぼれた。

それは、安堵と、自責と、まだ消えきらない不安が混ざった、壊れそうな涙だった。

 拓実は彼女の手をそっと包み込む。

「眠れなかったんだよな。

 ……それなのに、俺は気づいてやれなかった」

 彼女はまぶたを閉じたまま、小さく首を振る。

点滴の針の刺さった腕、乾いた唇、そして透けるように白い顔。

 それでも、命の火は消えていなかった。

 微かな強さを帯びたまなざしが、拓実を見返す。

その瞳が、何よりも大切だった。

彼女の担当看護師が入室し、記録と処置を進める。

 理名の様子に気を配りながら、声をかける。

「今日からおかゆにしてみましょう。

 少しずつ、ね」

 「……食べられるかな」

 「ひと口で大丈夫。

 焦らなくていいから」

言葉少なにうなずく理名を見て、拓実の胸がまた熱くなる。

食べること。

 笑うこと。

 生きて、誰かと時間を共有すること。

それは当たり前のようでいて、脆く、でも確かに温かい。

──失いかけた命を、もう二度と手放さない。

拓実のなかに、誓いのような想いが芽生えていた。

< 21 / 216 >

この作品をシェア

pagetop