君の隣
高沢は微笑みながら、そっとベッド脇の引き出しから封筒を取り出した。

昨夜、君のバッグから、はみ出ているのを見つけた。

 奈留が渡してくれたんだろ?

その、封筒」

 朱音は小さく頷いた。


──その瞬間、胸の奥に、あの言葉が蘇る。

 『お母さんが選ぶなら、これが“本物”になる。
 
お父さんの気持ちは、コピーに残ってる。

 未来は……お母さんが決めるものだから』

 中庭のベンチで、奈留がそっと手渡してくれた封筒。

 あの時の奈留の瞳。

 星哉の優しさと、奈留自身の強さを宿していた。

 朱音はゆっくりと封筒を受け取る。

 中には、高沢の本籍や彼自身のフルネームで埋められた婚姻届。

 朱音の欄は、まだ空白のまま。
 
朱音の目が潤む。

「わたし……」

「書けるか?」

問いかけに、朱音はゆっくり頷いた。

 震える手でペンをとり、自分の名前を添える。

──星哉の最期の願い。

 ──そして、高沢と結ばれるこれからの証。

ペンを置いた瞬間、高沢が小さな箱を取り出した。

「こっちは、俺の意思で」

箱を開くと、細やかに輝くプラチナの指輪が、朝の光に照らされていた。

「朱音。
君の過去ごと、傷ごと、そして未来までも、全部俺にちょうだい。

 俺の人生のすべてをかけて、君を幸せにするから――
……俺と、結婚してください」
 

朱音は指輪を見つめ、そして彼を見上げる。

 涙を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。

「はい……」

彼の手がそっと指輪を薬指にはめると、朱音の目から涙がこぼれ落ちた。


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