君の隣
拓実は、いくつかの理名の姿を思い浮かべた。

 ソファに座り、唇をかすかに噛みしめて何かを言いかけた理名の姿。

今思えば、当時の彼女の身体は小刻みに震えていた。

「やっぱり、何でもないよ」

理名の口から次に滑り出た言葉は、それだった。

 帰宅した途端、リビングに広げていた書類を慌てて片付けた理名の姿。

 ――あれも、不妊治療に関する書類だったのかもしれない。

その時の彼女の沈黙、微かな笑顔、言葉を飲み込む仕草のひとつひとつが、胸を締めつける。

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