君の隣

怖さを超えて

静まり返った、いつものマンションの寝室。

 カーテンの隙間からこぼれる街灯の光が、薄く床を照らしていた。

麻未はベッドの端に腰を下ろし、カーキのTシャツの上から、自分のお腹をそっと撫でていた。

 その手は、ほんのかすかに震えていた。

──なんでもない、ただの夜。

 だけど、数日前の旅館での甘い夜が、心の奥底に確かに残っている。

 その余韻が、未来の輪郭を静かに浮かび上がらせていた。

「……もしも、できてたら──」

ぽつりとつぶやいた瞬間、自分の胸の奥が、ぎゅう、と苦しくなる。

(ほんとうに……もしも、なんてことになったら)

急に、呼吸の仕方がわからなくなった。

 嬉しいはずなのに、胸がざわつく。

 あたたかい夢のはずなのに、なぜか怖くなる。

「……こんな私が、母親なんて……なれるのかな」

絞り出すように、心の奥の声を口に出した。

 
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