恋がしたい。ただ恋がしたい。

純くんには、小さな頃から変わらず想っている人がいて、私の想いは叶わないって知っていたからずっとずっと辛かった。


付き合っていた時だって、側にいるはずも無い奈緒子ちゃんの存在を感じて苦しかった。


いつだって、一度だって…私と抱き合ってる時でさえ私を見てくれた事は無いと思っていたのに。



…それが純くんの本音なの?


純くんも…私と向き合えなかった事だけは、後悔してくれていたの?


「菊井と付き合ってる時の崎山は、しあわせそうだったよ。狡いかもしれないけどほっとしたんだ。…だから別れたって聞いた時は驚いた。崎山だけが辛い思いをしたんじゃないかって思ったんだ。」


「…裕介との事も、色々探るような事を言ってごめんな。でも、しあわせなのは間違いないと思ったんだ。崎山が裕介と付き合って無いって言っててもさ、目が…しあわせだってそう言ってるような、優しい目をしてたから……。」


ポロリ、と瞳から涙が溢れ落ちた。


自分でやっと気がついた大切な気持ち。


亨との事も、裕介くんへの想いも、私は心の中ではとっくに認めていたんだ。


それを、純くんは分かってくれていた。


「あと、さ。裕介に菊井との事を話してごめんな。余計な事だとは思ったけど、裕介が後で知るよりは、ずっと良かったと思う。…だからさ、裕介とちゃんと話しろよ。崎山がそんなに弱ってるのって、菊井との事が原因じゃないんだろ?裕介と何があったのかは知らないけど、アイツは俺みたいに…崎山にそんな悲しい目をさせる事は絶対に無いはずだから。……仕事の事なら全力でフォローする。俺だって『崎山先生』の助けにはなりたいんだよ。だから、お前は逃げるな。」


『大村先生には嫌われたくない』。そう3年前に伝えた言葉も、純くんは覚えてくれていたんだ……。


ポロポロと涙をこぼしながら、電話口の純くんに向かって、うんうん、と頷いた。


声を出せない私の様子を察してくれたのか、そのまま電話はプツンと切られてしまった。



私の返事を聞く事も無い。頑張れと励まされる事も無ければ、お大事にとかちゃんと休めよとか、優しい言葉も何一つ言われなかった。



ただ、その言葉の裏に不器用な優しさを感じた。それが、とても純くんらしいと思った。
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