好きも嫌いも冷静に

・タクシー乗り場


なんで俺だったんだか…。しかもこんな遅く成ったし。先輩が発注ミスしたモノ、不足分を別の卸し先に断って回してもらった。
商品を取りに伺い、卸し先に運んだ。先輩は別件でどうしても無理だからと、俺に任された訳だ。
…遠い。遠かった。疲れた。一層のこと泊まって帰ろうかとも思ったが、まあ、それは大袈裟な話だな。そこ迄でもない。相手先に誠意をもって謝り、納品を済ませたこと、会社に滞りなく済んだ事を連絡し、俺は直帰していた。

駅前、普段あまり使わないが、タクシーで帰る事になった。
ん…ん、ん。息をしたくないくらいだ。
アルコール臭いな。当然か。楽しい酒なのか、…愚痴をつまみにの酒なのか。呂律の回らないサラリーマンや、残業帰りであろう人達で、行列が出来ていた。
ふぅ、それにしても多いな…。普段もこんなもんなのか?それとも、今日は特別何かある日なのか?
一人、心で呟いていた。
ドンッ。
ん?なんだ?
いきなり背中に衝突してきた。酔っ払いがふらついたのか…。?、後ろから腕が伸びてきた。腰に回された。おい。…抱き着いてくるなんて、…なんなんだ。背中に確かに人がくっついて居る。
おい、おい…。
酔っ払いの親父か?一日の締め括りがそれって…ちょっとそれは勘弁して欲しいんだけど。だけど回された腕。何だか細く頼りない。もたれる重量感のようなモノも軽い…?
腰の前の回された手……あ…薄いピンク色のネイル?
…?げっ!?……はっ、あ、ああ、女の人か?そうだ、この手は女性の手だ。俺は親父ありきで考えていたから。
手をゆっくりと掴んだ。振り返りもせずまず声を発した。

「あー、え〜っと、大丈夫ですか?」

「え?えっ?わっ!えーっ!?す、すみません。どうしよう、私ったら…」

どうやらこの手の主は正気のようだな。だったらこれはどうしたんだ。

「大丈夫ですか?」

声を掛け、俺は回されていた腕をゆっくり解きながら振り返った。
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