好きも嫌いも冷静に
出会いは日常に

「おはようございます」

「あ、おはようございます、美作さん。
いってらっしゃいませ」

「…行ってきます」

挨拶を交わしたのは俺の住んでいるこのアパートの大家さんだ。一階の玄関横の部屋で暮らしている。コンパクトな箒と塵取りの道具でゆっくりと掃き掃除をしていた。埃が立たないように水が撒かれていた。
俺はいつも、面倒臭さから朝食を摂らずに家を出る。一階の大家さんの部屋の前を通ると、味噌汁や焼き魚の香り等がほんのりと漂っている。
その匂いを嗅ぐと、あー、これに玉子焼きや漬け物なんかあって…、白いご飯…、はぁ‥いいなぁ。なんてつい想像してしまう。
昔は何も思わず、お袋の作った物を当たり前のように食っていたけど…。一人で暮らしていると、その当たり前が、有り難い事だったんだと思えるようになった。
朝出かけるこの時間は共有の玄関先の掃き掃除をしている大家さんとよく会ってしまう。

「今日は午後から雨に成るような事言ってましたね、天気予報で。傘はお持ちですか?」

「はい、いえ。そうでしたか。まあ、適当に。大丈夫です」

空を仰いだ。確かにすっきりと晴れ渡ってるとは言い難い空模様だ。

「そう…」

RRRRR.....。

「あ、ごめんなさい、電話みたいです。足を止めさせてごめんなさい。いってらっしゃいませ」

「あ、いえ、では、行ってきます」

雨か…。確か会社には使える置き傘があるはずだ。降ったところで、特に気にならないな。困りはしない。
< 2 / 159 >

この作品をシェア

pagetop