好きも嫌いも冷静に
これは自然な行動だと思った。人が当たったことでぐらついた。危ないと思ったら庇うだろ。

「あっ、ごめんなさい」

慌てて離れて、勢いで車道に出そうになった。

「おいっ!何してる!」

腕を引いた。勢いがついた体を受け止めるように抱き寄た。

「大丈夫?そそっかしいなあ。ホントに君は、…危なっかしい人だ」

見上げた先には、目を細めた優しい顔があった。

「……ごめんなさい、…何度も」

歩道の奥側に移動した。

どうしよう、最早これでは迷惑の域よね…。
会えた嬉しさや、偶然とはいえ、抱き寄せられた事、色んな事がグルグルして、涙が出ていた。

「あ、どうした?…参ったな。怒ってる訳じゃないんだけど。…すまない。泣かせて」

どうしよう、困らせてる…。余計、涙が出ちゃう。

「…違うんです。私が、ご迷惑ばかりかけているから。…また会えて嬉しかったのに…。あ‥」

気持ちがグチャグチャになってしまったから、訳が解らない涙です、なんて、伝わらないだろう。

通り縋る人の好奇の目から、泣いている彼女を何とか隠してあげたかった。だから腕の中に収めた。
車道側に背を向け、涙がひくまで暫く俺の腕の中に。そう思って…包み込んだ。

「許可なく、いきなりごめん。嫌かも知れないけど。泣かれると、どうしていいか解らないんだ。
…涙、もう止まったかな?」

尋常じゃないドキドキ。
聞こえていないといいけど…。

「は、はい、重ね重ねすみません。もう大丈夫です。本当にごめんなさい。
感情が上手くコントロール出来なくなって。ごめんなさい」

驚きの連続だから。

「気にしなくていいんだよ?きっと感受性が強いんだね。良かった、泣き止んでくれて」

そう言ってその人は私の頭を撫でると、顔を覗き込んだ。

「うん、大丈夫そうだよ?お化粧も。……じゃあ、俺はこれで」

颯爽と立ち去ってしまった。

「あ…」

声が出なかった。
私、ともみって言います。
貴方のお名前は?良かったら連絡先、教えて頂けませんか?
伝えたかった事、尋ねたかった事、何も出来なかった。
びっくりしている間に終わってしまった。
……日だまりのような優しい残り香…。思い出すとずっとドキドキしてしまう…。
こんなことまであって…忘れられるだろうか…。私の記憶には残り続けても、あの人は、私のことなんて忘れてしまうだろう、きっと。
ここまでが、私に貰えたあの人との縁なんだろうな…。
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