Rain
それから私は、先生の車に乗って、二人で他愛もない話をした

「…ねぇ、先生、私も壱成さんみたく、先生の事、『雪』って呼んで良い?」

私は先生の顔を覗き込みながら聞いた

「…良いけど、学校では呼ぶなよー」

「分かってるって!私、その辺は要領良いから!」

多分、『雪』ってあだ名は先生にとって、特別な物だ

今までは普通の教え子だったから無理だったけれど、そんな特別なあだ名で呼べるのも、先生の大学時代の友達と、彼女になった私の特権だ

私が小さく、ガッツポーズしていると先生が小さく呟いた

「…つってもなー……俺、『雪』ってあだ名、あんま好きじゃねーんだけどな」

「…えっ?なら何で、雪って呼ばれてたの?」

私が不思議に思って訪ねると、先生は頭を掻きながら答えた

「…俺が入学した時にさ、ゼミとサークルで一緒だった先輩で純也さんって人がいてさー…その人が『純さん』って呼ばれてた訳。
んで、紛らわしいからって、俺が『順』って呼ばれる事は無くなり、だったら『雪平』で良いって言ったら、今度は壱成が「『雪平』なんて言いづらいから『雪』で良い」とか勝手に言い出して、俺の意見はガン無視で、勝手に『雪』にされたって訳」

私は、そのシーンが手に取るように想像出来て、思わずクスクスと笑った

「…あっ、でもそれなら、私も『雪』って呼ばない方が良いかな…?」

私が気になってそう訪ねると、先生は少し考えて、私を抱き締めながら言った

「…いや、本條が呼んでくれたら好きになるかも……」

「……雪……」

「…ん?」

「…雪も、私の事、美雨って呼んで………って、やっぱり無理かな……?」

私は、先生の腕の中で、そう呟いた

『美雨』っていう名前は先生にとって、特別な名前だ

…だからこそ、名前で呼んで欲しかった

だけど、昨日の今日で、それは流石に無理があったかな?




…でも、先生は、そんな私の心配をよそに、私の大好きな切れ長の目で、じっと私の目を見据えて囁いた

「美雨……」

そして、優しくキスをしてきた



―――煙草と珈琲が入り交じった、苦くて、でも、甘いキスだった―――




















この時の私は、今の幸せがずっと続くと思っていた――――……
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